「ハッピー・バースデー」 青木 和雄

「あすかのせいだわ。あすかを妊娠した時から、わたしの計画が狂い始めたのよ。あの子は疫病神だわ」「ああ、あすかなんて、本当に生まなきゃよかったなあ」
静江は軽い口調で、あすかの存在を完全に否定した。
あすかの心は火にあぶられるようにひりひりと痛む。
―― 助けて!だれかあすかを助けて!


「私なんか生まれてこなきゃよかった」 「生まれるべきじゃなかったんだ」
そう思うことは、とても悲しいことだと思う。

自分をこの世界に生んでくれた親に存在を否定されることほど、根本的な存在否定はない。
それは正しいとか誤っているとかいう理屈を越えて、深く心に傷をつける。
実際に体を傷つける暴力のみが虐待ではない。
むしろ、見えない虐待の方が世間には溢れている。溢れかえっているせいで、それが当たり前になっていることに、「虐待」が気づかれないところにその怖さはある。
時には誰も悪くない時だってある。

例えば「親の期待」のような、悪意のない負担。
誰が悪いわけでもない時ほど、助けを求めることもできず、苦しみ泣く。
忙しい日々や浅薄な人間関係の中では、心は荒んでいくばかりなのかもしれない。

そんな時こそ大きな自然や温かな人たちの中で、乾いた心に潤いを与えることは意味があるのでしょう。
おじいちゃんの言葉が胸に染みます。
読んでいて何度も泣いた本。
同時に、人に勧めたくなる本。

「いいか、あすか。自分の側から見ているだけでは、物事の真理を見落とすぞ。相手を信じること、許すことは、自分を大事にすることでもあるんだぞ」

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