「おしまいの日」 新井 素子

そもそもここには悪気なんてものは欠片もないのです。
それでも人はこうも追い詰められてしまう。悪意よりもまじりっ気なしの好意の方が怖いです。
悪意ではないのだから攻めるのは間違ってる、そう思う事で結果的に自分で自分を追い詰める事になってしまう。

結果、狂っていく。それもゆっくり、ゆっくり狂っていくんです。それが何より怖かったです。
三津子の”あたしはここにいるの、あたしはここよ、あたしを愛して、お願いさみしいの”そういう悲痛な叫びが聞こえるようでとても苦しかったです。
三津子は確かにズレています。それでも共感してしまう。
本当の”おしまいの日”は来るべくして来たものですよね。何事も度が過ぎると怖いです・・・。

寂しさって、理屈じゃないですよね。
あの人だって忙しいんだから、とか、これこれこうだから寂しいって思っちゃいけないんだ、っていうのは理性のある大人なら思う事かもしれないけど、そう思う必要なんてなかったのに。
寂しかったら少しでいいから、寂しいって言うべきだったのに。
少なくともその思い自体を潰すべきじゃなかったのに。

★★★☆

follow us in feedly

Pocket

トラックバックURL

トラックバック一覧


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。