「これからお祈りにいきます」 津村 記久子

神様に「これだけは取られたくない」ものを工作して申告し祈りを捧げるという、奇妙な祭りがある町に育った不器用な高校生シゲル。
父親は不倫中、弟は不登校、母親との関係もうまくいかない閉塞した日常のなか、町の一大イベントであるお祭りにも、どうにも乗り気になれないのだが―。
大切なだれかのために心を込めて祈るということは、こんなにも愛おしい。


日常の中の信仰について、淡々と、どこまでも淡々と綴られていました。

日々の生活の中で大変だなあと思うこともあるし、家族関係がうまくいかないなんて時もあるけれど、特別大きな事件があるわけでなく毎日が過ぎていって、だけどいろんなことが少しずつ変わっていく。

最初サイガサマの設定を見たときは、随分不思議なものだな、と思ったのに、気付けばそれは日常の中に溶け込んでいて、そもそも「信仰」というのはそんなものなのかもしれないと思ったりしました。

私は特定の宗教を信仰しているわけではないけれど、震災で福島の母や祖母と連絡が取れなかった時とか、どうしても受かりたい転職活動の結果を待っている時とか、祈るように大きな何かに願いを託していたように思います。

大人になるにつれて、自分の力でどうにもならないような時、そこに固執して苦しくなるのではなく大きな何かに委ねることで楽になれることがあるということを学びました。だからこそ、信仰というのは決して現実から離れたところにあるのではなく、むしろ地に足をつけて歩いている人たちの現実と地続きのものである、というのを改めて感じた思いです。

どこまでも淡々としていて、気付けば読み終わっていて「これで終わりか」と思うようなところもあるけれど、最後はいつも少しだけ気持ちを明るく軽くさせてくれるもので、この淡々とした感じは嫌いじゃないです。

何事もないように。いやもちろん何事かはあるだろうけれど、あらゆる物事ができるだけ早くそこから回復できるように。

★★★

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