「「弱者」とはだれか」 小浜 逸郎

「弱者に優しい政治を」「差別のない明るい社会を」といったスローガンが声高々に掲げられている。
そもそも "弱者" とはだれで、どういった存在なのか。"差別" とはどういうものなのか。
著者が真摯な姿で率直に語っている。

読みやすくて、興味深いことが書かれていました。
中でも興味深かったのは、マスコミの言語規制のこと。
いきすぎた言語規制は、本来の意味を見失いつつあるように思います。
「肉屋」では駄目で「精肉業者」にしろなんて、なんておかしな話だろう。
表面だけを変えたところで意味はないし、そうすることで糾弾から逃れようとしているかのようにすら見えます。

あとは、逆差別の問題。被差別者に対して保護を、と優遇措置が行われている。
しかし、これも言語規制と同じように目的を見失っているように思いました。
弱者というのは、「社会で生活する上で何かしらの不利を生じるもの」という意味では、支援が必要な場合もあるでしょう。
けれど、何が必要で何が不必要かをしっかり見極めるべきではないでしょうか。
弱者を聖化するのは違うと思うんです。

「平等」が叫ばれる中、差別を許さない雰囲気が高まっています。
それ自体はとても良いことだと思うけれど、差別対象を見つけ出して保護するよりも、共に歩んでいく道を探すべきではないでしょうか。
異なるもの同士であれ、長く一緒にいて "慣れる" ことがその一番の近道になるのかもしれないと思いました。

大事なことは、ある「被差別」感情や「弱者」感情を持つものと、それを持たない者との間に、どうやったら橋を架けられるかなのである。

★★★★

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