「王妃の離婚」 佐藤 賢一

1498年フランス。時の王ルイ12世が王妃ジャンヌに対して起こした離婚訴訟は、王の思惑通りに進むかと思われた。
が、零落した中年弁護士フランソワは裁判のあまりの不正に憤り、ついに窮地の王妃の弁護に立ち上がる。
かつてパリ大学法学部にその人ありと謳われた青春を取り戻すために。正義と誇りと、そして愛のために。手に汗握る中世版法廷サスペンス。

第121回(平成11年度上半期) 直木賞受賞。

スカッとする読み心地で爽快でした。
西洋史について詳しくないので、ルイ12世とかシャルル8世とか言われても、歴史で習ったかも?…くらいの認識でしたが、全然問題なく読めました。むしろ丁寧に時代背景も説明してくれて興味深かったです。

本書は王と王妃の離婚裁判についてですが、そもそも、キリスト教では離婚っていうのは許されていないんですよね。でも、どうしても結婚したけどうまくいかない…別れたい…ということはある。そこで登場するのが「結婚の無効取消」。つまり、はじめからなかったことにする、というもの。随分突飛な話だと最初は少し笑えましたが、離婚が許されない以上やむを得ないんでしょうね。

さて、王妃には伝説の弁護士がついて裁判を戦うわけですが、こんな話をリーガル・スリラーというようですね。私は弁が立たないので、言葉を巧みに操る人に憧れます。さすがは弁護士。ただ、言い負かせば勝ちというわけではないし、裁判に勝つことがすなわち依頼人の幸せに直結するかというと、必ずしもそうではないのが深いところですよね。

特に男と女の関係について、別れるにあたって「二人だけでは感情的になってしまう数々の問題を整理する」なんていう場合に裁判は有効かもしれないけど、第三者が別れないようにもっていく、なんてことが裁判でできたとしても、残念ながら上手くいく見込みは低いですよね。それでも、諦めきれない女性の気持ちがわかるから、それが切ない。

そして何より切ないのが、べリンダの話。強がりで奔放なべリンダ、すごく好きでした。「結婚」についても様々な形があって、結婚とは・・・というものについて考えさせられました。結婚を通して家族になるのも素敵だし、結婚をしないでずっと男と女の関係でいるのも潔い。どちらがいいというものではないけれど、大切な人とずっと一緒にいられたらそれはすごく幸せなことなんだろうなぁとしみじみ思いました。

どこまでがノンフィクションかわかりませんが、読み応えのある満足な1冊でした。

“恋は汚れなき聖者の技である。
恋をするとき、人は嘘をつくまいと思う。その愛に値する魂であるために、心から正しくありたいと、どこまでも純粋でありたいと願わずにはいられない。

そんな奇跡が一瞬だけ、かなうものだと錯覚できても、不断の男と女でいられるほど、人間は美しくはありえない。なおも美しくありたいと願うなら、もう男と女には、結婚するくらいしか他に手がないのだろう。 (p395)

★★★★

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