「ポトスライムの舟」 津村記久子

29歳、工場勤務のナガセは、食い扶持のために、「時間を金で売る」虚しさをやり過ごす日々。
ある日、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じ一六三万円で、一年分の勤務時間を「世界一周という行為にも換金できる」と気付くが――。

ユーモラスで抑制された文章が胸に迫り、働くことを肯定したくなる。

第140回(平成20年度下半期) 芥川賞受賞。

毎日がんばって働いている人にこそ、読んでほしい。

働く人の味方、津村さんが描く、第140回芥川賞受賞作「ポトスライムの舟」と、「十二月の窓辺」。

正直なところ、「十二月の窓辺」があまりにも強烈で、味わい深かかった「ポトスライムの舟」が頭の中から一瞬消し飛びました。

「十二月の窓辺」、何が一体強烈かというと、パワハラ満載の上司の人物像。こんな人、本当にいるの…?と思うくらい、理不尽でエグいです。
できれば人生で出会わずに済みたいものですが、私も会ってしまったことがあるんですよね。もっとも同じ職場ではなく、相手はクレーマーとしてでしたが。

基本的にクレームについてよほど不当な要求でなければ、真摯に受け止めることを常としていますが、あまりにも暴言がひどかったり、発言が斜め上すぎたりすると、この人を相手に交わす言葉はないな…と思わず思ってしまう。実際に何を言っても伝わらないんですよね。
そして、相手がとてつもなく理不尽だと頭でわかっていてさえ、大きな声で暴言を吐かれることのストレスはものすごいです。
まして、味方のいない職場でのこの境遇は辛すぎる…と想像するだけで胃がきゅっとするようでした。

津村さんの小説の日常を丁寧にすくい取っているところが好きなのはもちろん、日常との適度な距離感がいいですよね。
「十二月の窓辺」も想像するとしんどい内容ながら、こちらの気持ちを大きく揺さぶろうとしないのがいいです。大変な毎日の中では、日々がただ淡々と流れていて、それは誰にとっても平等なのだということが救いになります。

こちらがあまりにも強烈で圧倒させられたものの、芥川賞受賞作の「ポトスライムの舟」だって、いい物語でした。
自分の年収と世界一周の費用が同じだ、というはっとした気付き。わりと狭い世界で生きていたナガセの視界が一瞬ですこし開けたのが印象的です。この視点、おもしろいですよね。
早くに結婚出産した友人や、どうしても旦那を受け入れられなくなった友人など、その他の登場人物も、一人ひとり身近にいてもおかしくない。それくらいこの小説は身近なんです。
なんといっても、働く人に寄り添う丁寧な文章は落ち着いて読める貴重なものだと思います。

★★★★

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