「魔道師の月」 乾石智子

こんなにも禍々しく、これほど強烈な悪意を発散する怖ろしい太古の闇に、なぜ誰も気づかないのか…。
繁栄と平和を謳歌するコンスル帝国の皇帝のもとに、ある日献上された幸運のお守り「暗樹」。
だが、それは次第に帝国の中枢を蝕みはじめる。

若きふたりの魔道師の、そして四百年の昔、すべてを賭して闇と戦ったひとりの青年の運命が、時を超えて交錯する。
人々の心に潜み棲み、破滅に導く太古の闇を退けることはかなうのか?『夜の写本師』で読書界を瞠目させた著者の第二作。

広がり続ける物語の大きさと深さに、瞠目します。

静かにうちよせる波、ときおり響く海鳥の声、半日航路の対岸には帝国本土の連絡港ヂャイの町が白くへばりつき、空も海もイルモネス女神の美の錫杖にかきまわされて、冬でも菫青石(アイオライト)の底なしの青さだ。

ページを開くとすぐに、こんな文章で書かれた美しい描写。
前作「夜の写本師」と同じ世界でありながら、時間軸が違い、これはその頃から1000年もの昔の話。さらに作中ではそこから400年もの昔にも旅立ちます。
ギデスディン魔法の創始者キアルスなどが登場し、その魔法の成り立ちもおもしろいし、若かりし頃の彼の未熟さもまた読み手にはたまらない。

あとがきにも「本書は前作に先立つ物語であると同時に後日談でもある」と書かれているとおり、どちらから読んでも支障はありません。

さて、壮大な大地、雄大な時間とともにとにかくスケールが大きくて、引き込まれます。何だか、神話を読んでいるような気分です。

この世界には通常に息づく魔道師ですが、その成り立ちが丁寧に書かれているのも魅力です。魔道師とはいえば、万能で何でもできるかのように思うけれど、決してそうではないということ、闇を引き受け、それでいて闇に飲み込まれないようにしないといけないということなどが綴られていますが、今作では「太古の闇」が登場することもあって、闇に思いを馳せることになった1冊でした。

魔道師はその生い立ちや才能から誕生するもののようですが、魔道師に限らず誰もが大なり小なりの闇を抱えて生きています。
誰かを妬むこと、呪うこと、復讐したいと思うこと、など闇の力を強めてしまう心の動きもあります。
私たちも闇を知ることで相手の闇に気付き、寄り添う優しさを手にしたりもしますが、一方で大きすぎる闇は自分を滅ぼします。時には無自覚に飲み込まれてしまうこともあるかもしれない。
人の業とも思える太古の闇は、退けることはできても滅ぼすことができない、というのも印象的でしたね。

これは確かに異世界ファンタジーで確立された世界観に酔いしれたりもするのですが、根底には人の業、人の持つ闇について綴られたもう1つのテーマがあるようにも感じています。
更にこのシリーズは続いているので、記憶が薄れる前に読んでいきたいと思います。

「時は戻らない。おきてしまったことはどんなに悔やんでもなしになることはない。憎む相手を滅ぼそうとする思いは消えることはないが、それにかける時間も労力ももったいない。この中で」

と彼はエブンの胸を指でつついた。

「とぐろを巻いている黒いものに形を与えたら、ぼくらは闇に食われるだろう。それでもいいのか?おのれの身を滅ぼしてまでそうする価値がある相手なのか?」 (p366)

★★★★

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