「自縄自縛の私」 蛭田亜紗子

どうしてそんなことを?と訊かれたならば、魔がさしたから、としか答えようがない。
縄はどんな抱擁よりもきつく、私の躰と心を抱きとめる――。
仕事に追われる日々の合間、自分を縛ることを密かな楽しみにしている「私」を描いてR-18文学賞大賞を受賞した表題作、女子高校生の初恋が瑞々しい「渡瀬はいい子だよ」など、“不器用さ”すら愛おしい女の子たちをめぐる、全6編。

知らない世界が、見れますよ。

なんて、アブノーマルな世界なんだ。
正直、想像もしたことがない世界が繰り広げられていて、最初は驚きました。

自分を縄で縛る、なんていうのは易しいほうで、使用済みコンドームをコレクションする、ラバースーツに身を包む、恋人以外の男性と性交を繰り返すなど、これらの行為で光悦とする女性たち。
自分の知らない世界ながらとても官能的で、人の性癖というのは随分といろいろあるものだ、と思ったものです。ですが、本書は単にエロチックな小説に終わりません。

これらは、仕事に追われる日々や、抑圧された毎日、上手く生きれない自分との折り合いをつけるために生み出されたものだと気付きます。時にそれは意識的に、あるいは無意識から。
決して一般的に認められるものではないながら、それらがあることで日々をなんとか生き抜ける、そんなある種の必死さのようなものが行間から感じられます。

最初はアブノーマルな世界だと感じたものが、段々と、そもそもノーマルって何だったかな・・・という思考に変わっていくのがおもしろい。
これらは連作短編集となっていて、それぞれの登場人物がリンクしています。すなわち、特殊なものだ、隠すべきものだ、とそれぞれが抱えて生きているけれど、実際のところ自分だけじゃなくて、案外身近にいる人たちも大なり小なり何か抱えて生きているという。

最後は「渡瀬はいい子だよ」という短編で本書を終えるのですが、これがいちばん爽やかで、すっきりした読了感が得られる1冊となっています。
著者の文体も好き。ちなみに以下が、「渡瀬はいい子だよ」の冒頭です。

終戦記念日を過ぎると、頬にあたる風は急激に冷ややかになった。夏は、だれかが午睡で見た夢だったみたいに、あとかたもなく消える。今日の空気の質感と海の色には憶えがあって、ああ、もうじき一年が経つんだ、と悟った。”アノヒト”が失踪し、お母さんの生まれ育ったまちに引っ越してから、季節がひとめぐりしたんだ。

ね。素敵なはじまりだと思いませんか?

諦めるのは苦しい。でも、これ以上続けてもしょうがない。せめて、もっと自信過剰で図々しくて状況を客観視できない性格だったら。ずっと盲目的に、前だけを向いていられたのに。  (p126)

★★★★

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