「幸せになる勇気」 岸見一郎, 古賀史健

3年ぶりに哲人を訪ねた青年が語る衝撃の告白。
それは「アドラーを捨てるべきか否か」という苦悩だった。
アドラー心理学は机上の空論だとする彼に「貴方はアドラーを誤解している」と哲人は答える。
アドラーの言う、誰もが幸せに生きるためにすべき「人生最大の選択」とは何か?
貴方の人生を一変させる哲学問答、再び!

やっと、読めました。

前作「嫌われる勇気」は、かなり衝撃的でしたが、まさかの続編です。
当初は続編を出す予定はなかったようですが、アドラー心理学をより実践に即した形で伝えるために生まれたのが本書。
これまたインパクトのあるタイトルですよね。
「幸せになる勇気」って。

幸せになる覚悟のある人へ、という無言のオーラを感じてなかなか手に取ることができなかったのですが、ようやく読むことができました。
読む前からわかっていたことだけれど、結構痛いところをたくさん突いてきます。胸が痛い。
それと同時に深く納得したり、共感したりする部分もありました。過去ではなく、未来を生きようとするスタンスは、逃げずに生きることである分難しいけれど、明るく、勇気づけられるものです。

・人間は、過去の「原因」に突き動かされる存在ではなく、現在の「目的」に沿って生きている。
・われわれは過去の出来事によって決定される存在ではなく、その出来事に対して「どのような意味を与えるか」によって、自らの生を決定している。

本書では、変化することの難しさにも触れられています。すなわち、変化することは、「死そのもの」という表現まで使って。
現状維持が一番楽だし、それまでの自分を否定して、新しい自分として生まれ変わるのは正直しんどいですが、最終的には過去に対して、「いろいろあったけど、これでよかった」と思えるようになれたら、前に進めた証です。私も過去の辛い出来事などを、時間をかけながらも肯定してきて今があります。

最近は仕事で教育現場に関わる機会もありますが、褒めず、叱らず相手に接することは、非常に難しい。ですが、改めて大切なことだと気付かされます。
無条件に相手を信じることは、裏切られるリスクを負うことでもありますが、相手を尊敬して接することで、相手の自立を見守る、そんな視点を忘れずに持っていたいものです。暴力に訴える、とにかく相手を支配しようとする等の安直なコミュニケーションは、虐待やDVへと繋がり、不幸な人を増やすばかり。
ただ、アドラーが唱えるようなコミュニケーション方法は本当に忍耐が必要で、一朝一夕で身につくものじゃない。そのあたりにジレンマを感じます。

・他者を救うことによって、自らが救われようとする。自らを一種の救世主に仕立てることによって、自らの価値を実感しようとするメサイヤ・コンプレックス
・自分の弱さや不幸、傷、不遇なる環境、そしてトラウマを「武器」として、他者をコントロールしようと目論む

とか、的確すぎて胸が痛い。確かにそういった一面もあるなと自覚するからこそ胸が痛いですが、ずっと無自覚でしてきたからこそタチが悪い。

本書を読むとわかるのですが、人は誰でも幸せになれるし、ありのままのその人でいい、というメッセージを感じます。
他人のせいにしたり、過去のせいにしたりするよりも、自分の意思1つで、いつでも幸せになれる、という考え方は、裏を返せば今幸せだと感じられない人は自分が幸せになろうとしていないからだとハッキリ言われているような気がします。
それは厳しくも、真実なんだと思います。

厳しい、と思いつつも深く納得し、読了後はまた霧が晴れたような感覚もありました。青年の少し古びた語り口調がすごく好きで、再び彼らの対話を聞けたことも嬉しかったです。この本も、何度も読み返したい。

最後に、アドラー心理学が掲げる目標を備忘録として残しておきます。

行動面の目標が2つ
1.自立すること
2.社会と調和して暮らせること

心理面の目標が2つ
1.わたしには能力がある、という意識
2.人々はわたしの仲間である、という意識

★★★★★

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