「野生の風」 村山 由佳

色に魅せられた染織家・多岐川飛鳥、野生動物のいのちを撮るカメラマン・藤代一馬。
ふたりが出会ったのは、ベルリンの壁崩壊の夜。運命的な恋の予感はそのまま、アフリカでの再会へと結びつく。
サバンナの大地で燃え上がる愛、官能の炎。しかし、思いがけない事実が発覚して―。運命の出会いから慟哭のラストまで胸を揺さぶる恋愛小説。

最後に自分が幸せだと思えたのは飛鳥と祥子、どちらだろう。
ふとそんなことを思いました。

祥子は一馬の子(かもしれない子)を産むことで一馬を手に入れることができたけれど、一馬の飛鳥に対するほどの深い愛情を得ることはないだろう。
一方飛鳥はこの上ない愛情を受けて、また自分も心から愛せた運命の相手とも言える人に出会えたけれど、それほど愛し合っていながら祥子の元に行く一馬を止められなかった。
これが運命なら、なんて皮肉な運命なのだろう。

私の目には祥子がとても強く映りました。
子供を産んでからの彼女は特に。あれが母親の強さなんでしょうか。
そんな祥子を見るたびに、飛鳥が傷つくのを見ているのはとても辛かったです。
飛鳥が愛する人の子供を産めない自分の体をどれほど呪ったかと思うと胸が痛い。

また一馬の写真で欠けているほんのひとかけらのものとは何だろう、と考えてみました。
私は一馬が “一馬” として撮った写真だと思うんです。
というのは、彼は一瞬のシャッターチャンスを逃さないためにインパラなりライオンなりになったつもりで写真を撮っています。そうすることでうまく「いのち」を写真におさめられるのだから、技術的には最高の撮り方かもしれない。
けれどシャッターを押す瞬間に対象物と一体になる一馬の写真には対象物への愛情は写りません。
つまり彼の写真欠けているのは一馬の対象物への愛情のようなものではないでしょうか。
最後の一色となったあの写真は、シャッターを押す瞬間も対象への愛情で溢れていたからこそ最後の一色になりえたように思います。

★★★★

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