「思いわずらうことなく愉しく生きよ」 江國 香織

犬山家の三姉妹、長女の麻子は結婚七年目。DVをめぐり複雑な夫婦関係にある。
次女・治子は、仕事にも恋にも意志を貫く外資系企業のキャリア。余計な幻想を抱かない三女の育子は、友情と肉体が他者との接点。
三人三様問題を抱えているものの、ともに育った家での時間と記憶は、彼女たちをのびやかにする―不穏な現実の底に湧きでるすこやかさの泉。

雨が続く日とか、寒い冬の夜に読むのにぴったりな小説でした。
とても個性溢れる3姉妹に最初は少し圧倒させられたけど、どの姉妹にも少しずつ、共感できる部分、自分と重ねる部分があって読みながら興味深かったです。

そもそも本書のタイトルは、犬山家の「人はみないずれ死ぬのだから、そしてそれがいつなのかはわからないのだから、思いわずらうことなく愉しく(たのしく)生きよ」という家訓からきています。
「楽しく」ではなく、「愉しく」。
同じ読みだけれど少し意味が違って、前者は、心がうきうきする。後者は、心のしこりが取れて、わだかまりがない。という意味。
今の心境がちょうどこの本を読むのにぴったりで、読んでいてすごくしっくり。

江國さんはいつも、誰もが持っている何かしら欠けた部分、マイノリティな一面を色濃く描いてますが、不思議な程に共感できるんですよね。
DV夫と幸せに暮らす長女も、情緒豊かながら理性と共に生きる次女も、好奇心の赴くままに生きる三女も、みんな理解できる部分があって。
彼女たちを通して自分の中にあるものを発見できるのもおもしろいです。

家族の結びつきが強くて、家族の危機には駆けつける彼女たち。
みんなたぶん、きっと不器用で、恋愛に翻弄されて、でも地に足をつけて生きようとしていて。たぶんそんなところに強く共感するんでしょうね。

私の本質は長女に近いかもしれないけど、次女のような理性を持ちたいし、三女のようにまっすぐに幸せを追いたい。
犬山家の家訓もいいですよね。恋愛に疲れた人にもよいかもしれない。

「恋愛は感情で始まるものかもしれないけれど、意志がなくちゃ続けられない」  (p307)

★★★★☆

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「落下する夕方」 江國 香織

八年間一緒に暮らした健吾と別れた。
入れ違いに押しかけて来たおかしな同居人華子のおかしな魅力に取りつかれはじめる私。
永遠の日常を清新なまなざしで追う、新しい世代の恋愛小説。


「きらきらひかる」を彷彿させる、江國ワールドでした。
彼女の作品が持つ透明感がやっぱり好きです。
そして、あとがきも楽しみ。

この作品は、作中に何度も空気の質感が変わる不思議なお話でした。
時間の流れがゆるやか、というよりこれまた独特で、空を流れる雲のように一定でなく、気付くと遠くまできているような不思議な感覚です。
結末は、さもありなんというところ。
華子のような人には惹かれるし、そんな風に生きてみたいと正直思います。
けれど、あの生き方は現実を生きている人の生き方じゃないですよね。
華子自身、そんなことはもちろん百も承知でしょうけれど。

人は非日常なものにどうしても惹かれるのかもしれないですね。
あとがきで江國さんは夕方に心がいちばん澄む、と書かれてます。
だから、大事なことはそのときに決めるようにしてると。
少し、わかるような気がします。
私は早朝が好きだけれど、そういう時間帯って、人それぞれありますよね、きっと。

★★★★

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「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」 江國 香織

愛にだけは躊躇わない、あるいは躊躇わなかった女性の物語。
「泳ぐのに安全でも適切でもない」人生のなかで、蜜のような一瞬を生きる女性たちの、凛々しくて、切なくて、幸福な珠玉の物語10編。
第15回山本周五郎賞受賞作。


江國さんの世界を思い切り感じられます。
タイトルからして秀逸。読み終わってから改めてタイトルを見ると感慨深いです。

人生も、恋愛も、確かに保証なんて何もない。
仮に「泳ぐのに、安全でも適切でもない」という看板を目にしたとして、あなたはそれでも飛び込みますか?入ってみますか?という問いかけをされているよう。
それと同時に、あなたの人生がまさにそうなんですよ。気付いてますか?とこっそり囁かれてるよう。

作中の女性たちは皆、世間的に見て一言で「幸せな恋愛」とは呼べないかもしれない。
それでも、一瞬一瞬の至福の時を確実に味わっている。
まるで蜜のようなその味を知ってしまったら、後には戻れないかもしれない。

江國さんの感性に触れて、自分のアンテナを刺激されました。
同じ世界に生きているはずなのに、こうも感じる世界が違うのかと、その感性の鋭さにいつも驚かされます。
「うんとお腹をすかせてきてね」が一番好き。
そして、あとがき・解説がとてもよかったです。解説は山田詠美さん。

瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、私はやっぱり瞬間を信じたい。SAFEでもSUITABLEでもない人生で、長期展望にどんな意味があるのでしょうか。  (あとがき)

★★★☆

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「ぼくの小鳥ちゃん」 江國 香織

雪の朝、ぼくの部屋に、小さな小鳥ちゃんが舞いこんだ。
体長10センチ、まっしろで、くちばしときゃしゃな脚が濃いピンク色。
「あたしはそのへんのひよわな小鳥とはちがうんだから」ときっぱりいい、一番いいたべものは、ラム酒のかかったアイスクリーム、とゆずらないしっかり者。
小鳥と、ぼくと、彼女の少し切なくて幸福な物語。


久しぶりの江國さん。彼女の言葉がやっぱりとても大好きです。
童話のようでいて、何度でも読み返したくなる深みのある1冊。
全体に漂う冬のひんやりとした空気感も大好きです。

小鳥ちゃんは、大人びた小さな女の子のようでもあり、寂しがり屋の孤高の存在のようでもあり、一人の大人の女性のようでもあり。不思議な存在感を放ってました。
なんて自分勝手で自由なの、と思うこともあるんだけど、それでもいとおしくなる存在でした。

そしてイラストがすごく素敵。
小説をさらにキラキラ光らせてました。
小鳥ちゃんがびょうきになる場面や、心が広いと思っていたぼくが少しだけ嫉妬をする場面が特に好き。角田さんのあとがきも、とてもいいです。

小鳥ちゃんの寝息は小さくてウエハースみたいにかるい。  (p48)

★★★★

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「すいかの匂い」 江國 香織

時々ふっと江國さんの本を読みたくなる時があります。
思い出したようにそう思いつくと、途端に江國さんの織り出す世界が恋しくなる。

今回手に取ったこの『すいかの匂い』は11人の女の子の夏の記憶でした。
子どもだった頃、大人にはわからない子どもの世界というものが存在していた気がします。
大人だって昔は子ども。それでも大人になると忘れてしまうものは本当にたくさんある。

幼い頃の子どもは無邪気で残酷。
小さな私は、赤蟻と黒蟻のどっちが強いのかが知りたくて、二匹を捕まえてフィルムケースに閉じ込めたこともありました。
今まで忘れていたようなことを次々と思い出して懐かしくてたまらなくなりました。
遊んだ帰り道のよその家の夕食の匂い、花の蜜のほのかな甘さ、水の中に聞こえる泡と波の音。

あとがきで川上さんが書いていた通り、江國さんの本を読んだ後には「じぶんのはなし」をしたくなります。


おしろい花の濃いピンク色が、まるで闇を吸収するように、深く、つめたく、冴え冴えとしている。駄菓子屋の前でたむろしている男の子の、意地悪な舌とおなじ色だと思った。

★★★☆

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「いくつもの週末」 江國 香織

江國さんの言葉はいつも濁りがなくて、景色も気持ちもすごく透明です。
それは今回のエッセイでも同じことでした。
まだ誰も吸っていない酸素に満ちている公園、とか雨が降ると窓を開けて雨を見る行為のことだとか、些細で身の回りにあるもののことでもとても新鮮に感じられます。

私は江國さんの言う、”一人でいる時のモノトーンの秩序”が好きだし、結婚に対しては淡い夢や期待なんてものも持っていない。
それでも、このエッセイを読むと結婚って案外いいかもしれない、と思ってみたりもします。
決して幸せなことばかりを書いてるわけじゃないんだけども、帰る場所があることとか、くっついて朝まで眠れることとか、結婚の幸せはそんなところにあるのかもしれない、なんて思いました。

結婚をしたらいつかは、今の「一緒にいたい、というよりも、一緒にいないともう一緒にいられない、という感じ」といった不安を感じることはなくなるのだろうか。

ここでの生活は、ほんのときどき木かげの桃のように甘い。
私たちは、もうしばらくここにとどまっていようと思う。

★★★★

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「すみれの花の砂糖づけ」 江國 香織

題名からして素敵です。中身も題名みたいに甘くて素敵な世界でした。
この一冊は、最初の詩から一気に少女の世界へと惹き込まれます。
少女から子供へ、子供から大人へ、不思議な世界を漂っている感じでした。

江國さんは少女の視点と大人の文才を持っている人だと思います。
どれも本当によかったけど、中でも「結婚生活」と「父に」がお気に入りです。

★★★★

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「なつのひかり」 江國 香織

あまりにも不思議な物語でした。
1回目を読んだ時はさっぱりわけがわからず、なんで?と頭を悩ませる事ばかりでした。
正直最後まで読むのがやっとでした。それでもとても奥の深い話だと思います。
読み返してやっと少しずつ形が見えてくる気がしました。

<ネタばれ>
あくまで私なりの解釈なんですが、探しものとは人生の目的を象徴してるんだと思います。
誰もが探しものを持っています。ただ、それが何なのかなかなかわかりません。
多くの人にとって漠然としたものなんじゃないでしょうか。

21歳を直前にした栞も同じく最初は自分は探しものがないのではと思います、持ってる人を羨ましくも思ったりします。これは洋一にしても同じ事です。
しかし漠然としてても誰もがそれを持っていると思うのです。
栞はとうとう探しものを見つけます。

ところが見つかったら終わりではなく今度はそれを追い求める為に必死に追いかけます。
障害もたくさんあります。
それでも探し求める限り、たとえ手に入る事はなかったとしてもいつかはそれに辿り着くのです。
そもそも現実と幻想の世界を行き来してた為時間の流れが一定ではなく、たった1週間の出来事なのにとてもそんな風には感じられませんでした。
まるで夏、1日がすごく長く感じられる事があるような、そんな感じでした。

★★☆

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「つめたいよるに」 江國 香織

独特な優しい表現で、なんだかほっとします。
ふうわりふうわり落ちてくる雪だとか、びょおびょお泣く様だとか。
独特ながらもその様子がしっかり感じられました。
時間の流れや、霊、そういったものが身近に感じられて不思議な安心感に囚われたりもしました。

☆特にお気に入りの短編☆
「いつか、ずっと昔」 
気づくと私は別の生き物になっていた。あぁ、これは、私が生まれ変わる前の姿だ。
私はへびに、豚に、そして貝に、その姿を変えていく。
決して長くない話(実質10ページにも満たないんです)なのに余韻も残りどっぷり世界に浸かってしまいました。


「スイートラバーズ」
私はよくお婆ちゃんの生まれ変わりだ、とか言われる。
事実私はたまに自分が生まれる前のことなのにまるで見てきたかのように知っている感覚に陥ることがある。
淡い幸せが残る話でした。誰だって大切な人のそばにいたいですよね。


「ねぎを刻む」
それはいつも突然やってきた。理由のない孤独に私は泣き出してしまう。
“誰にも、天地神明にかけて誰にも、他人の孤独は救えない”
共感するのと同時に「私」に憧れたりも。寂しいかもしれないけど、孤独を自分のものにする強さは憧れます。

★★★☆

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「きらきらひかる」 江國 香織

笑子は情緒不安のアル中で、睦月は潔癖症の同性愛者。
そして、彼には紺という恋人がいた。はたから見ると不思議で不可解な関係かもしれない。
だけど、みんな互いをとても大切に思ってた。

エッセイを1作読んだ事があるだけでろくに知りもしないはずなのに、読んだ瞬間に江國さんの世界を感じて嬉しくなりました。
彼女曰く「シンプルな恋愛小説」との事で本当にその通りでした。
シンプルというのは設定の事じゃなく、もっと内面的な恋愛の形の事です。
一言で言うとこの恋愛はすごくプラトニックなんです。互いを心から大切に想う思いがたくさん詰まっています。
常に優しく感じていられたのは恋愛につきものの【嫉妬】を感じなかったからかもしれません。

章ごとのタイトルも独特で素敵なものばかりでした。
中でも銀のライオンの話はとても気に入っています。
今が本当に大切で変わりたくない、ずっとこのままでいたい、そう願ってるのにそれだけじゃ許してくれない現実に嘆き悲しむ笑子の悲痛さが伝わってきて苦しくもなりました。
病院で柿井が紺と睦月に話をしたあのシーンは優しさが切なすぎて泣きそうになったほどです。

★★★★

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