「スタートライン」 小川糸 他

彼の浮気に気づいた花嫁、急に大人になった少女、別れ話をされた女、妻を置いて旅に出た男…。
何かが終わっても「始まり」は再びやってくる。

「変わりたい」「やり直したい」と思った瞬間、それがあなたのスタートライン。
恋の予感、家族の再生、衝撃の出会い、人生の再出発―。
日常に訪れる小さな“始まり”の場面を掬った、希望に溢れる掌編集。

ひさしぶりのアンソロジーです。

19人の作家による始まりをめぐる19の物語。 続きを読む

「ポトスライムの舟」 津村記久子

29歳、工場勤務のナガセは、食い扶持のために、「時間を金で売る」虚しさをやり過ごす日々。
ある日、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じ一六三万円で、一年分の勤務時間を「世界一周という行為にも換金できる」と気付くが――。

ユーモラスで抑制された文章が胸に迫り、働くことを肯定したくなる。

第140回(平成20年度下半期) 芥川賞受賞。

毎日がんばって働いている人にこそ、読んでほしい。

働く人の味方、津村さんが描く、第140回芥川賞受賞作「ポトスライムの舟」と、「十二月の窓辺」。

正直なところ、「十二月の窓辺」があまりにも強烈で、味わい深かかった「ポトスライムの舟」が頭の中から一瞬消し飛びました。 続きを読む

「とにかくうちに帰ります」 津村 記久子

「危ないぞー!」「手を掴め!」「俺はいいから先にゆけー!」みたいなドラマはない。
泣きながら「ありがとう!!」と叫ばれるようなことも、だからないが、でもささやかで大切な手助けを、それぞれがしている。粛々と、淡々としている。

この物語は、「世界は素晴らしい!」とは言っていない。
でも、悪くないんじゃないか、いや悪くないと思えるかもしれないじゃないか、そう思わせてくれる。嘘くささがみじんもない。
まっすぐな態度で、私たちの取るに足らないとされる日常、なかったことにされる感情を認めてくれている。

―――あとがき(西加奈子さん)より。

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「これからお祈りにいきます」 津村 記久子

神様に「これだけは取られたくない」ものを工作して申告し祈りを捧げるという、奇妙な祭りがある町に育った不器用な高校生シゲル。
父親は不倫中、弟は不登校、母親との関係もうまくいかない閉塞した日常のなか、町の一大イベントであるお祭りにも、どうにも乗り気になれないのだが―。
大切なだれかのために心を込めて祈るということは、こんなにも愛おしい。


日常の中の信仰について、淡々と、どこまでも淡々と綴られていました。 続きを読む

「ワーカーズ・ダイジェスト」 津村 記久子

32歳は、欲望も希望も薄れていく年だった。けれど、きっと悪いことばかりじゃない。
重信:東京の建設会社に勤める。奈加子:大阪のデザイン事務所に勤め、副業でライターの仕事をこなす。
偶然出会った2人は、年齢も、苗字も、誕生日まで同じ。肉体的にも精神的にもさまざまな災難がふりかかる32歳の1年間、ふたりは別々に、けれどどこかで繋がりを感じながら生きていく―。


ずっと読みたいと思っていた津村さんでしたが、最初に手にとったこの本が、偶然にも今の自分にぴったりで、本の引力っておもしろいなと感じてます。

まず、冒頭のシーンで朝起きる際に8分のスヌーズを設定、なんてまさに私だ。おまけに主人公は私と同年代で32歳の働く男女。
ちょっと面倒くさい職場の人間関係とか、意味わからない理不尽なクレームとか、働いていれば「あるよねぇ」と思わず思うようなことのオンパレード。

物語はリアルな日常を描きながら淡々と進んでいって、気付くと1年経っていて「ああ、もう1年経ったのか!」と思うところまで現実と同じ。

本書では年齢も、苗字も、誕生日も同じ男女が偶然出会う場面があるのですが、そこからいきなり恋愛が始まるなんてことはなく、だけど互いにちょっと心に引っかかっている。そんな出会いってありますよね。
人の縁とか出会いっておもしろい。

それから、このままだと人間関係が先細りしてしまうのでは、という慢性的な危機感とか、長年付き合った恋人と別れた後の元恋人との距離感とか、自分の中で漠然とわかるなぁと思うものが言葉になって並んでいるのを見て、そうそうそういうことなんだ、と膝を叩きたくなる気分でした。

鋭く胸に刺さるわけじゃないけど、そっと意識の端に残るような言葉が溢れています。

「オノウエさんの不在」では、まだ見ぬオノウエさんの芯が通ったかっこよさに痺れました。
気合だ、とか言うんじゃなく、無駄な建前を言わず、実地的なものの見方をして細かい対処法を示してくれる先輩。頼もしい。

劇的なドラマがあるわけじゃないけど、今の自分をどこか肯定してくれるようにも感じるこの静かな読み心地は、ちょっとツボにはまるかもしれない。

あとは少しずつ回復できればいいと思う。それまでのレベルに達することができなくても、それを受け入れられるようにはなるだろう。
そしてその時その時のベストを尽くせるように、後悔のないように、心持ちを整えられるようになるだろう。
 (p136)

★★★★

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